【未解決事件】なぜ犯人は捕まらないのか?「グリコ森永事件」を徹底解説

1984年から1985年にかけて、日本中を震撼させた「グリコ森永事件」は、いまだに多くの人々の記憶に残っています。「かい人21面相」を名乗る犯人グループは、大手食品メーカーをターゲットに毒物混入を脅迫し、全国に不安と恐怖を広げました。メディアを通じた挑発的な犯行声明や警察との緊迫した駆け引きは、まさに劇場型犯罪の先駆けと言えるものでした。

なぜ、この事件はこれほどの注目を集め、いまだに解決されていないのでしょうか?この記事では、事件の背景や詳細、そして警察が犯人逮捕に至らなかった理由を時系列に沿って解説していきます。

目次

グリコ森永事件の概要

グリコ森永事件は、警察庁広域重要指定事件114号に指定され、1984年3月~1985年8月間に起こった一連の脅迫事件の事を指します。犯人グループは、最初に江崎グリコ社長誘拐事件を起こし、その後、森永製菓やハウス食品、不二家、丸大食品などの大手食品メーカーに対しても次々と脅迫を行いました。

犯行の目的は金銭であり、犯人グループは「かい人21面相」と名乗り、警察や企業、さらにはメディアを巻き込んで挑発的な行動を繰り返したことで「劇場型犯罪」という言葉が生まれました。

事件の中心となったのは、グリコ社長誘拐事件と、それに続く脅迫文書や毒物混入事件です。犯人グループは、各社の製品に「青酸ソーダ」が混入されていると脅迫し、メディアを煽って日本全国に不安を広げました。しかし、実際に毒物が発見されたのはごく一部であり、それも未遂に終わりました。

グリコ森永事件の時系列

  • 「グリコ森永事件」は、様々な犯罪が1つのグループによって行われた一連の脅迫事件。
  • 罪状は誘拐・恐喝・放火・毒物混入未遂・業務妨害など。
  • ターゲットの食品会社や、警察、コンビニ・スーパーなどの小売店、新聞などの各種メディアに144通の脅迫状や挑発文を出し、複数の事件が同時進行した。

犯人グループが起こした事件の発生日と行動、警察の捜査を時系列でまとめました。

1984年3月18日~21日
江崎グリコ社長誘拐事件

午後9時頃、江崎グリコ社長・江崎勝久氏の自宅に覆面をした男2名が侵入。
犯人たちは裸の江崎氏を風呂場から引きずり出し、車に乗せて連れさる。
3月19日に犯人グループが現金1億円と金の地金100kgを要求。
3月21日未明、江崎氏は大阪府吹田市内の倉庫から自力で脱出し、無事に保護。

4月10日
グリコ本社などへの連続放火

20時50分頃大阪市西淀川区の江崎グリコ本社で放火が発生。試作室は全焼。
21時20分、本社から約3km離れたグリコ栄養食品の車庫に止めてあった車が放火されるがすぐに消化。
出火直後に、帽子を被った男がバッグを抱えて逃げるのが目撃される。

4月12日
警察庁広域重要指定事件114号に指定

警察庁が一連の事件を広域重要114号事件に指定。

4月23日
犯人グループが「かい人21面相」を名乗る

犯人グループが「かい人21面相」と名乗り始め、警察や企業を挑発する内容を繰り返す。

かいじん21面相

グリコはなまいきやからわしらがゆうたとおり
グリコのせい品にせいさんソーダいれた
0.05グラムいれたのを2こなごやおか山のあいだの店えおいた
死なへんけどにゅう院する
グリコをたべてびょう院えいこう

4月24日
女の声で現金引き渡し指定場所のテープが届く
犯人女

名神高速道路を85キロで吹田SAへ走れ*1

6月2日
寝屋川アベック襲撃事件

大阪府内で、男女のカップル(アベック)が襲撃される事件が2件連続して起こる。
被害者は暴行を受けた上に、交際相手の女性を人質にとられ、犯人グループから指示された現金受け渡し場所に行き、捜査班に身柄を確保されるもすぐに釈放。

6月26日
グリコに犯行終結宣言
かいじん21面相

ナカマのうちに4才のこどもいて
まい日グリコほしいゆうてないている
わしらもさいきんたべへんけどむかしはようくうたもんや
こどもなかせたらあかん
うまいくいもんのうなったら口わしらもこまる
江崎グリコゆるしたる
スーパーもグリコうってええ

6月28、7月6日
丸大食品五千万円恐喝未遂

6月28日、女の声の録音で犯人からの指示。

犯人女

高槻駅前の看板に指示書が貼り付けてあるので確認しろ

5千万円を用意し丸大社員になりすました刑事が高槻駅へ向かう。
受け渡しに指定された電車内で、丸大社員役の刑事を見張る「キツネ目の男」と遭遇
犯人から「車窓から金を詰めたボストンバッグを投げ落とせ」と指示があったが、捜査員の配置が間に合わなかったので落とさなかった。
帰りの電車でも「キツネ目の男」に遭遇するが、現場の刑事に職質権限がなく、後に見失う。

7月6日、子供の声の録音で犯人からの指示→犯人現れず。

犯人子供

声明文不明*2

9月12日~18日
森永製菓1億円恐喝未

同社の製品に対して「青酸カリを混入する」との脅迫を行い、森永製品も全国の店舗から撤去。
これにより、森永製品の売り上げにも大打撃が与えられた。

9月18日
子供の声でテープが届く
犯人子供

声明文不明*2

10月7日~9日
青酸菓子ばらまき殺人未遂

大阪府、兵庫県、京都府、愛知県のコンビニなど、4府県16箇所で青酸入り森永ドロップが発見される。
幸いにも消費者がこれを摂取する前に発見され、重大な被害は発生しなかった。
森永製菓の株価は大暴落。損害は70億。

10月11日
犯人グループの録音テープの声を公開

女の声は4月24日夜*1、子供の声は9月18日夜*2、のもの

10月16日
防犯カメラに写っていた男の映像を公開

警察は青酸入りの菓子が見つかったコンビニの防犯カメラに写っていた男の映像を公開。
商品棚の前で怪しい動きをする野球帽の男。

11月7日~14日
ハウス食品1億円恐喝未遂

1億円犯人グループはグリコに続き、ハウス食品にも「青酸カリを混入した」との脅迫を行う。
これにより、ハウス食品も店頭から製品を回収する事態に。

11月14日
警察の内々での捜査が裏目に

子供の声で現金受け渡し指示のテープが送られてくる。ハウス食品社員に扮した大阪府警本部の捜査第一課特殊事件係が車で現金を運搬。

犯人子供

バス停「城南宮」のベンチの腰かけの裏


「キツネ目の男」が受け渡しの中継地点、大津サービスエリアに姿を現すが、大阪府警・緊急要請された滋賀県警共に上層部からの指示で職務質問等は禁じられていたため、またもや取り逃がしてしまう。

一方、滋賀県警所轄のパトカー(当日の現金受け渡しを知らず)が栗東町川辺の県道で不審なライトバンを発見→職質→逃走→追跡するも途中で見失う→乗り捨てられたライトバンを発見する。

犯人は受け渡し現場に現れず、22時20分に捜査は打ち切られたが、不審なライトバンは盗難車であり、車内には警察無線を傍受する機器などが残されていた事が後に発覚した。取り逃がした警官は責任を取って辞職。

12月4日
アマチュア無線家による犯人の無線傍受
犯人(玉三郎)

21面相、こちら玉三郎

かいじん21面相

クスリは用意できたか

犯人(玉三郎)

ひと、ふた、ひと、ろく(12月16日と推定される)、航空券が往復確実に取れてR6(現:沖縄総合通信事務所)へ行く場合は日帰りで必ずアシがつかないように戻ってくるように

12月7日~28日
不二家1億円恐喝未遂

青酸同封の脅迫状が届く。不二家は二回の脅迫に応じなかった。

かいじん21面相

不二家はやっぱり金払わんちゅうとんのけ

犯人(玉三郎)

不二家あきらめたほうがええわなこりゃ

1985年1月10日
キツネ目の男の公開

警察は、森永事件に関連して捜査を進める中で、犯行現場で2度目撃された「キツネ目の男」の似顔絵を公開。しかし逮捕には至らず、捜査は難航。

1月26日~29日
ハウス食品2億円恐喝未遂

ハウス食品再脅迫。

2月6日
グリコ6億円恐喝未遂

グリコ再脅迫。

2月12日~13日
東京・愛知青酸菓子ばらまき殺人未遂

バレンタインデーの直前、グリコ、森永、不二家、明治製菓、ロッテ製品が狙われる。
2月13日までに12ヵ所、13個中8個から青酸ソーダ検出。

3月6日~8日
駿河屋5千万円恐喝未遂

和歌山県の老舗和菓子屋「駿河屋」に5千万円要求の脅迫状が届く。

8月7日
滋賀県警の山本本部長が焼身自殺

辞任記者会見後、遺書3通をのこして自宅で灯油をかぶり焼身自殺。
「責任はすべて私にある。取り逃したパトカーの警察官に責任はない」と公言し、1985年2月に辞職を示したが認められず。

8月12日
かい人21面相の終息宣言

1985年8月12日、かい人21面相から「終息宣言」が届く。
これが犯人グループの最後の公式な声明となり、その後、脅迫や犯行活動は停止。

かいじん21面相

1年と5か月もなにしとんねん
わしらみたいな悪ほっとったらあかんで
まねするあほまだぎょおさんおる
たたきあげの山もと男らしうに死によったさかいに
わしらこおでんやることにした
くいもんの会社いびるのもおやめや

2000年2月17日
全ての事件で公訴時効を迎える

事件終息後、警察は引き続き捜査を行ったものの、犯人グループの正体は明らかにされず、2000年2月17日、グリコ森永事件のすべての罪状が時効を迎えました。
これにより、犯人が特定されたとしても法的に処罰されることはなくなりました。

なぜグリコ森永事件の犯人は捕まらなかったのか?

600点にもわたる遺留品が残っていながら、犯人を捕まえられなかった理由の一つとして、警察の縦割り組織の連携不足や融通の利かなさ、犯人の情報公開に消極的だったことが挙げられます。

日本の警察組織は都道府県ごとに管轄が分かれており、特に広域にまたがる事件の場合、異なる警察間での連携が必要不可欠です。しかし、グリコ森永事件では、各都道府県警察が自分たちの管轄を優先し、情報の共有や捜査協力が十分に行われなかったとされています。このような縦割りの組織構造により、捜査情報の流れが遅れたり、現場での連携が不足したため、犯人の逃亡を許す結果となりました​。

例えば、一連の事件で犯人グループに近づけたチャンスは3回。特に「キツネ目の男」は身元を特定できる機会が2度ありましたが、警察内部での指示が慎重過ぎたため、犯人を捕らえるタイミングを失ってしまったと言われています。また、ハウス食品の事件では、不審車両を発見したにもかかわらず、所轄の警官が当日の現金受け渡しの事実を知らず、犯人を取り逃がしてしまう結果になりました。

そして、犯人の要求や脅迫文を公開するかどうかの判断では、警察はメディアと報道協定を結ぶなど慎重に連携しましたが、犯人の情報公開に対しては消極的であったため、捜査が遅れる一因になったと言われています。

特に、現金受け渡し現場に2度現れた「キツネ目の男」の似顔絵は、作成されてから一般に公開されるまでの半年間は捜査の極秘資料として扱われていました。犯人の声や身体的特徴や、手紙に含まれるヒントの公開が遅れた事で、一般市民からの有力な情報提供を得る機会を逃した可能性があります​。

グリコ森永事件の犯人像

グリコ・森永事件における犯人像については、複数の説や推測が存在しています。役割分担については、具体的な情報がほとんど明らかにされていません。事件は非常に巧妙で計画的に行われたことから、複数人がそれぞれ異なる役割を持って犯行に関与していたと推測されています。

犯人グループの役割分担

グリコ・森永事件に関する犯人グループは、録音テープで確認できている女1人、子供3人を入れて6~7人のグループだと推測されています。

主な役割

リーダー格
(かい人21面相)

脅迫文を書き、グループ全体の指示を出していたとされています。彼は挑発的な内容の手紙を頻繁に送り、メディアや警察を巧みに操作しました。リーダーとしての象徴的な存在で、犯行の戦略を決めていたと考えられます

現場実行犯
(キツネ目の男)

主に現場での実行犯と見られ、現金の受け取りや、毒物混入の脅迫を実行する役割を果たしていたとされています。特に現金受け渡しの際に目撃されたことから、物理的な作業や受け渡しに関与していたと考えられます​。

テープ録音
(女1名、子供3名)

犯行グループは、新聞社や警察にたびたび受け渡し現場の指示をする録音テープを送っており、声を録音するメンバーがいたとされています。

偵察・監視役

グループ内には、警察の動きを監視し、身代金受け渡しや毒物混入の現場での動きを確認するメンバーがいたと推測されています。特に、警察の動きを先読みする形で、身代金の受け渡しが複数回失敗していることから、警察無線を盗聴するなどの手口を使っていた可能性があります。

その他の推測

事件が極めて巧妙であったことから、グループ内ではさらに細分化された役割があった可能性が高いです。例えば、製品に毒物を混入する役割や、脅迫文の配達役、資金管理などが行われていた可能性が考えられます。しかし、これらの詳細は依然として不明であり、犯行グループ全体の全容は明らかにされていません。

推測された犯人像

事件が非常に計画的であり、犯行が巧妙に行われたことから、犯人は複数人のグループであり、高度な知識とスキルを持った人物たちであると考えられています。

犯罪組織(ヤクザ)の関与説

犯行が長期間にわたって行われ、複数の大手食品メーカーがターゲットとなったことから、犯人グループは日本の暴力団(ヤクザ)などの組織犯罪集団の関与が疑われました。この説では、犯行が非常に組織的かつプロフェッショナルな手法で行われていたため、ヤクザの内部にいる犯罪者グループが企業を脅迫し、資金を得るために動いていた可能性があるとされています​。

元社員・内部関与説

特にグリコのケースでは、犯人が会社の内部情報に精通しているとされ、元社員や内部関係者が犯行に加わっているのではないかという推測がなされました。犯人はグリコ社長の誘拐に成功しており、犯行当時の状況を考えると、内部からの情報提供がなければ困難だったと考えられます。

外国の工作員説

一部では、犯人グループは北朝鮮や外国の工作員であり、日本の経済に打撃を与えるために犯行を行ったという説もあります。この説では、犯行があまりにも巧妙であり、日本国内の犯罪者グループだけではなく、外国からの干渉があった可能性が示唆されています。ただし、この説には決定的な証拠はなく、推測の域を出ません​。

まとめ

「グリコ森永事件」は、日本の犯罪史において極めて特殊かつ影響力の大きい未解決事件です。犯行グループの綿密な計画性と巧妙な手口により、警察は多大な時間と労力を費やしながらも、最終的には犯人を逮捕できませんでした。事件は単なる金銭目的の脅迫に留まらず、企業やメディア、さらには社会全体を巻き込み、広範囲にわたる混乱を引き起こしました。

また、警察の縦割り組織の弊害が、事件解決を遅らせた要因となり、当時の警察の捜査体制への批判も巻き起こりました。メディアとの連携や捜査情報の共有不足が、犯人に一歩先を行かれ続けた原因の一つとも考えられます。

未解決事件としてのグリコ森永事件は、犯罪捜査の難しさや社会に与える影響を再認識させるとともに、現代においても捜査の教訓として学ばれるべき事例となっています。この事件をきっかけに、企業の危機管理や警察の捜査方法が改善された側面もありますが、未だに解決されていない謎が、事件への関心を呼び起こし続けています。

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