「切り裂きジャック」はなぜ捕まらないのか|最有力説よりも現実的な「真犯人像」

「切り裂きジャック」ことジャック・ザ・リッパーはなぜ捕まらないのか。
130年以上経った今も、この問いは答えを持たないまま語られ続けている。

王族説、医師説、貴族説、芸術家説。
数え切れないほどの犯人候補が挙げられてきたが、どれも決定的な証拠には至らなかった。

だが、本当に正体は分からないのだろうか。

結論から言えば、切り裂きジャックの正体は、特定の有名人物ではなく、「歴史に記録されない無名の男」であった可能性が最も高い。

本記事では、単なる犯人候補の羅列ではなく、史実・犯罪心理・社会構造の3つの視点から、最も現実的な真犯人像を導き出す。

目次

切り裂きジャック事件とは何だったのか

「切り裂きジャック」ことジャック・ザ・リッパー事件は、
1888年にロンドン東部ホワイトチャペル地区で起きた猟奇的連続殺人事件である。

事件の特徴

  • 被害者:主に貧困層の女性(売春婦)
  • 犯行時期:1888年8月〜11月
  • 犯行方法:喉を切り裂き、臓器を切除
  • 犯人:捕まらず逃走

犯行は残虐で、遺体は激しく損壊されていた。
新聞は犯人を「ジャック・ザ・リッパー”切り裂きジャック”」と名付け、事件は世界的な注目を集める。

しかし重要なのは、猟奇性ではない。

被害者がすべて社会的弱者であり、犯行場所が貧困層の密集地に集中していたという事実である。

この一点だけで、犯人像は大きく限定される。

有力な犯人候補一覧

切り裂きジャックの正体として、主に以下の説がある。

最有力説①|アーロン・コスミンスキー説―最も有名な容疑者

切り裂きジャックの最有力候補として、最も頻繁に名前が挙げられるのが、ポーランド系ユダヤ人の理髪師アーロン・コスミンスキーである。

彼が疑われた理由は、単なる噂ではない。

当時の警察内部文書には、「有力な容疑者として監視されていた人物がいた」という記述が存在する。

さらに、現代においてはDNA鑑定によって、コスミンスキーが犯人である可能性が示唆されたとする研究もある。

しかし、この説には決定的な問題がある。

まず、DNA鑑定の信頼性である。
分析に使われた証拠品は、事件当時のものと断定できず、学術的には確定証拠とは認められていない。

また、コスミンスキーは精神疾患を患っていたとされるが、彼が高度な連続殺人を計画・実行できたかどうかには疑問が残る。

つまり、コスミンスキー説は、「最も有名だが、最も確実ではない」仮説である。

有力説②|モンタギュー・ジョン・ドリット説―エリート犯人像の典型

もう一人、頻繁に挙げられる候補が、弁護士兼教師であったモンタギュー・ジョン・ドリットである。

彼は事件終息後まもなく自殺しており、この事実が「犯人だったのではないか」という疑惑を生んだ。
さらに、彼の家族に精神疾患の履歴があったことも、疑惑を強める要因となった。

しかし、この説もまた問題を抱えている。

ドリットは社会的地位の高い人物であり、貧民街に頻繁に出入りしていた証拠は乏しい。
犯罪学的に見れば、彼は「疑われやすい人物」ではあっても、「現実的な犯人像」とは言い難い。

ドリット説は、人々が求めた「知的な犯人像」の投影に近い。

有力説③|マイケル・オストログ説――「危険な男」が犯人と疑われた理由

マイケル・オストログは、19世紀末にロンドンで活動していたロシア系の詐欺師・犯罪者である。

彼が切り裂きジャックの候補として挙げられた理由は、単純に「危険な人物だったから」ではない。
当時の警察資料には、「精神的に不安定で暴力的な外国人犯罪者」としてオストログの名前が記されている。

つまり彼は、「犯人である可能性がある人物」ではなく、「犯人に仕立てやすい人物」だった。
実際、オストログが事件当時にホワイトチャペル周辺にいたという確証は乏しい。

さらに、連続殺人を実行するために必要な行動力や計画性を、彼が備えていたかどうかも疑わしい。
犯罪史的に見ると、オストログは「典型的なスケープゴート」である。

社会的に孤立し、外国人で、犯罪歴がある。
こうした人物は、未解決事件において犯人候補にされやすい。

オストログ説は、証拠ではなく偏見から生まれた仮説に近い。

医師説―なぜ最も説得力があるように見えるのか

切り裂きジャックの正体として、古くから有力視されてきたのが医師説である。
理由は単純で、遺体の損壊が医学的知識を前提としているように見えるからだ。

実際、一部の被害者は腹部が正確に切開され、臓器が摘出されていた。
この点だけを見れば、犯人が医学教育を受けた人物だったと考えるのは自然である。

しかし、ここに大きな誤解がある。

19世紀末のロンドンでは、解剖学の知識は医師だけのものではなかった。
屠殺場の労働者、肉屋、外科助手、解剖学の学生など、刃物を扱い人体構造に慣れた人間は想像以上に多かった。

つまり、「医学的に見える犯行」は、必ずしも医師を意味しない。

さらに、社会的地位のある医師が、貧民街で連続殺人を繰り返すリスクを負う合理性は低い。

犯罪学的に見れば、医師説は魅力的だが、現実性には疑問が残る。

女性犯人説(ジル・ザ・リッパー)―陰謀論が生まれた背景

切り裂きジャックの正体を女性とする説は、「ジル・ザ・リッパー」という名称で知られている。

この説が注目される理由は、犯行現場の状況にある。

当時の社会では、女性が夜間に外出しても警戒されにくく、血の付いた服を着ていても不自然に見えにくかった。

また、助産師や看護師が犯人だった可能性も指摘されてきた。
もしそうであれば、刃物の扱いや人体知識にも説明がつく。

しかし、女性犯人説には決定的な弱点がある。

当時の社会構造において、女性が単独で連続殺人を行うには、あまりにも制約が多い。

移動の自由、身体的条件、社会的監視。
これらを考慮すると、女性単独犯行の可能性は理論的には否定できないが、確率としては低い。

ジル・ザ・リッパー説は、史実というよりも、社会的想像力が生んだ仮説に近い。

ウォルター・シッカート説―芸術家犯人説の代表

画家ウォルター・シッカートも、切り裂きジャックの候補として語られることがある。

この説の背景には、彼の作品に見られる陰鬱な女性像や、切り裂きジャック事件への異常な関心がある。
また、一部の研究者は、シッカートの手紙や作品に犯行の暗号が含まれていると主張した。

しかし、この説は証拠よりも解釈に依存している。

作品のテーマと犯罪を結びつける論理は、学術的には極めて弱い。
シッカート説は、事実というよりも、文学的想像力の産物に近い。

なぜ切り裂きジャックの正体は特定されなかったのか

一般的には、犯人が捕まらなかった理由として、当時の捜査技術の未熟さが挙げられる。

確かに、指紋鑑定もDNA鑑定も存在しなかった。
だが、それだけでは説明できない。

1888年のロンドンでは、警察が重点的に疑うのは「疑う価値のある人物」だった。
つまり、社会的地位を持つ人物である。

逆に言えば、貧困層の無名の人間は、最初から捜査の中心に置かれなかった。

切り裂きジャックは、まさにこの「見えない階層」に属していた可能性が高い。

有名な犯人説が支持される理由

切り裂きジャックの正体については、王族、医師、貴族、画家など、魅力的な説が数多く存在する。

これらの説が支持される理由は単純だ。
物語として面白いからである。

だが、現実の犯罪は物語ではない。

歴史的に見ても、連続殺人犯の多くは、社会的に目立たない、ごく普通の人間である。

もし犯人が王族だったなら、それは歴史的には衝撃的だが、犯罪学的には不自然だ。

目立ちすぎる存在は、連続殺人を続けることができない。

犯人像を論理から導く

切り裂きジャックは、夜のホワイトチャペルを自由に歩いていた。
娼婦に警戒されず、刃物を使うことに慣れていた。
そして、警察の捜査網をすり抜けた。

これらの条件を満たす人物は、貴族でも医師でもない。

むしろ、貧困層の内部に溶け込んだ、「どこにでもいる男」である。

彼は記録に残らず、歴史の表舞台に登場しない。
だからこそ、正体が特定されなかった。

最も現実的な切り裂きジャックの正体

結論として、切り裂きジャックの正体は、無名の労働者、あるいは都市の底辺層に属する男性であった可能性が最も高い。

この説は派手さはない。
だが、論理的には最も整合性がある。

貧困層の住民であれば、夜間の行動は不自然ではない。
娼婦に警戒されにくく、警察の捜査対象にもなりにくい。
そして、死亡後も記録が残らない。

つまり、犯人は「逃げ切った」のではなく、「最初から特定不可能な存在」だった。

なぜ切り裂きジャックは今も語られるのか

切り裂きジャック事件が人々を惹きつける理由は、未解決だからではない。

真実があまりにも平凡で、受け入れがたいからだ。

人々は王族説や陰謀論を求める。
なぜなら、無名の男が都市の闇で殺人を繰り返したという現実は、あまりにも残酷で、救いがないからである。

切り裂きジャックは、一人の殺人犯ではなく、近代都市が生み出した「匿名性」の象徴だった。

切り裂きジャックの正体に最も近い答え

切り裂きジャックの正体は、誰かというより、何かだった。

それは、貧困、匿名性、都市の闇、そして歴史の記録からこぼれ落ちる人間。

だからこそ、彼は永遠に捕まらない。

そして、この事実こそが、切り裂きジャック事件の最も恐ろしい真実である。

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